あいさつ(私の涙活への想い)※長文です

泣くっていけないこと?

皆さんは泣くことにどんな印象をお持ちでしょうか。
泣くとかっこわるい。
泣くとみっともない。
泣くと恥ずかしい。
泣くと負け。
男は泣くな。
泣くという言葉には、マイナスのイメージを持つことが多いのではないでしょうか。
私自身、小さいころからよく泣く子でしたが、泣いている私に、「お前、上手に泣いているなあ。」
なんていう人はいなくて、「まだ泣いているのか!」「いつまでも泣いてるな!」と、言われたものでした。
でも皆さん、思い出してください。
皆さんが生まれてくるときに、泣きながら生まれてきたんですね。
泣くことを最初は喜んでもらったはずなんです。「あーまた泣いた!よかったあ!」って、
泣くことが喜ばれたはずなのに、いつのまにか泣くことがいけないことになってしまった。
本当に、泣くことはいけないことなんでしょうか。
もしこの泣くことがいけないという考えが、私たちが持ってしまった思い込みだったとしたら、
またその思い込みが私たちの自己肯定感をゆるがすものであったり、
私たちが私たちらしく生きていくことを邪魔するような、そんな思い込みだったりしたらどうでしょうか。
最近では、癒しとかヒーリングとか、といったことが大きく取り上げられるようになりましたが、
泣くと浄化になるんだと、そういうことを聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
涙や泣くことの研究も進んできていて、泣くことと笑うことを比べると、
泣くことのほうがストレス発散の効果が高くて、持続時間も長いということもわかってきています。
さらには、涙の中にはストレス物質が検出されて、涙を流すことによって涙とともに、
ストレスが洗い流されるということもわかってきています。
このように泣くということは、実はいいことなんだということも、
ずいぶん研究されてきているんです。

涙活の始まり

2013年から友人と涙活(るいかつ)という事業をスタートさせました。
最初の一年は、HPに涙活講座の開催場所を告知し、
涙活に興味を持って参加していただける方に向けて実施していました。
参加者の中から、「ぜひ、うちに来て、涙活講座をやって欲しい」という声をいただくことが増え、
そこから出張涙活というかたちで、
学校、企業、病院、福祉施設、公民館、図書館等でも実施することが増えてきました。
六年間で、これまで述べ18000人近くを泣かせてきました。
「人は、なぜ泣くのか。」
この活動をやってきて、日々、現場で、この問いが私の頭をもたげます。
この疑問に対する私の答えは、現状、次のようなものになります。
「人間が人間らしくあるために、人間は泣くのだ」。

涙活でありのままの自分と向き合う

私は、教育の現場で、働いていた時期がありました。
そこで感じたのは、子どもたちの自己肯定感の低さ。
2012年発表の文部科学省の調査によると、
日本の高校生は、米国や中国、韓国と比べ自己肯定感が断然、低い。
自分自身をどう思うかについて、
「私は価値のある人間だと思う」と回答したのは、
米国89.1%
中国87.7%
韓国75.1%
日本36.1%
この自己肯定感の低さが生まれた背景に、幼少期の子育てのあり方が大きな一因になっていると考えています。

泣くことがうまくできない子どもは、自己肯定感も低い!?

泣くということが、実は子育てにおいてもすごく大事な意味をもっています。
皆さんの中には泣くとすっきりするとか、楽になるという体験をお持ちの方もいらっしゃると思います。
でもそういう人だったとしても、赤ちゃんが泣いているとどうでしょう。
子どもが泣いているとどうでしょうか。
多くの方は、「はいはいはい、もう大丈夫。もう泣かなくてもいいよ。」って言いながら、
泣き止んでほしいと思うんですね。
そして言葉にしなくても、とんとんとん、ゆらゆらっと赤ちゃんの身体をさわりながら、
「さあ、泣き止もう」とメッセージを伝えていきます。
考えてみると子どもって生まれてからずっと、泣かないように、というメッセージばかり受けているんですね。
そうすると当然、泣くことはいけないことなんだなと思います。
泣くことはいけないことなんだ、泣きたい気持ちは感じてはいけないんだ。
そうすると感じてはいけない気持ちがあるんだと思い違いをしていきます。
泣くというのは大事な自己表現の一つなのに、その自己表現をいつもいつも止められていると、
自分のこの感じたものを、そのままありのままに表現することはいけないことなんだという
思い違いにもつながっていくことにもなります。自己肯定感を育む経験を失ってしまうのです。
(自己肯定感とは、端的に言えば、自分が自分であることに満足し、価値ある存在として受け入れられること。
いわば私たちの人生の軸となるエネルギーとも言えます。)
泣かさないようにという子育ては、ありのままの自分を感じて、
その自分をそのまま表現するということがいけないことなんだと
思い違いをするような子育てになってしまっているんですね。
親の泣いてはいけないというメッセージは、
暗に「泣いているあなたはだめだ」というメッセージが伝わってしまうおそれがありますが、
泣いてもいいんだよというメッセージは、
「あなたが笑っていなくても喜んでなくても、
泣いてたって、どんなあなただってかわいいんだよ、大事だよ、大切だよ」って
その子をまるごと受け止めていくメッセージで伝えていけます。
今の子育ての多くは泣かさないように、ということから、子どもはいろんな苦しさを抱えてこんでしまいます。
そしてその苦しさを抱えたまま大人になっていくために、
私たちの“生”を感じることや表現することがうまくいかなくなって、その結果、
人間関係がうまくいかなくなったり、心の病気になってしまったりということが起きてしまいます。
ですから、子どもにとっても、大人にとっても、泣くってことがとっても大事なことなんですね。
そのことが涙活講座を通して、皆さんに伝わればいいなと思っています。

泣くことは、世界平和に

そして、本当にお伝えしたいことというのは、
泣くことだけが大事なんだということではなく(それもありますが)、
泣いても怒っても、苦しくても悲しくてもって、一見否定的に思えるようなどんな気持であったとしても、
私たちの感じる気持ちに、感じて良い気持ちや悪い気持ちはなくて、全部大事な気持ちなんだなって、
そういうことをお伝えしたいんですね。
そしてそのことはその先には世界平和につながっていくんだって私はえています。
どういうことかと言うと、例えば、泣くことを我慢しているとします。
泣きたい気持ちを否定しているとすると、目の前に泣いている人や子どもがいたりすると、
泣いている子をみて、心がざわざわして早く泣き止んでほしいというふうに思ったりします。
わかりやすく怒りを例に挙げると、怒ってしまうと、目の前に怒っている人が現れると、
「何、怒ってるだ!」「そんなことぐらいでイライラするなよ」って自分がイライラしたりします。
つまり、自分の中に否定する気持ちがあると目の前の人に対して否定しまうことが起こるんですね。
でも、もし自分の中に泣きたい気持ちや怒りたい気持ちがあるということをちゃんと認めることができて、
その気持ちを癒すことができて、その気持ちと仲良くすることができたとしたら、
目の前からいやな人はいなくなるんです。
そして、それは、個人から集団、家族、地域、社会と広がっていきます。
その先には国と国の関係があります。世界平和は自分の心の平和からと言われますが、
自分の中の否定する気持ちがなくなったときに、自分の中の全ての気持ちが仲良くすることができるとしたら、
人間関係もよくなり、世界も平和になっていくんです。
さあ皆さん、心ゆくまで泣きましょう!
(涙活講座では、物理的な涙の効用のお話をメインにしながら、上記のお話もしていきます。)